「おれのため」と「あなたのため」
人は、「おれ、おれ、おれのためだから」と言われると、ころりと騙されやすいのでしょう。特に身近な人間のことなら尚更です。「振り込め詐欺」を見ればよくわかります。それよりも気を付けたいのが、「あなたのためだから」。それにプラスして、「奥様のためだから」「お子様のためだから」と、遺された人の相続税対策にもなると保険商品を薦められる場合です。もちろん、保険はある程度(程度の問題)必要です。だからといって、なぜそこに相続税を絡めてくるかです。
元本保証にならない?
定年退職で退職金をどっさり(このご時世で羨ましいかぎりです)もらった人は、金融機関から一時払いの変額年金保険などを勧められるでしょう。この商品は、運用成績によっては満期の受取額が増える(あるいは減る)年金保険です。今のこの時期、運用業績が悪化して、さすがに金融機関は勧めづらいでしょうが、「元本保証型」で「相続税対策」のためになると言われると、つい誘いに乗ってしまうのではないでしょうか。
元本保証型といっても、保険料のうち何割かを運用するので、手数料が高いのです。この運用する部分を特別勘定といいますが、金融機関の商品説明資料では、何割くらいなのかはっきりしません。要するに元本を保証するための運用に手数料がかかり、さらに保険のための費用として手数料がかかるのです。さらに購入時の初期費用、年金受取期間中、挙句には途中解約すると数%も解約手数料がかかります。普通、物を買う時、セットで買うと安くしてもらえるものですが、金融商品だけはいろいろセット(貯蓄、保険、運用)にすると、逆に手間がかかるとかで手数料が高くなるのです。
手数料は毎月引かれる
仮に1,000万円の一時払いで変額年金保険に加入すると、60歳から70歳までの10年満期で、手数料は大雑把に200万円以上(初期費用5%として、1,000万円×5%で最初に50万円引かれ、運用関係費用+保険関係費用が2%として、積立金950万円×2%×10年で190万円)もかかります。しかも、これは実際に加入者がお金で支払うわけではなく、自分が申し込んだ商品の資産から毎月控除されていきますので、加入者は知らずのうちにコストを負担しているのです。
金融機関はこれで商売するのでとやかく言いませんが、払う方としては元本を保証してもらい、少しでも受取額を増やしてもらうための代償としてこれだけ払うのです。死亡した時の「家族のためだから」と言われると、つい心が弱くなりますが、実際はこのご時世、預けた年金資産はたいして増えないし、これなら定期預金で置いといてもいいかと思いたくなります。
テコの原理が働かない
もうひとつ、「家族のためだから」で弱いのが、「相続税対策になりますよ」という囁き。そもそも、年金と保険で相続税対策を考えること自体、無理があります。確かに保険に加入していると、相続があった時に課税価格が控除されます。妻と子2人(法定相続人3人とする)なら、1,500万円(500万円×3人)が非課税になるのです。
でも、ちょっと待ってください。これは相続税がこれだけ現金で戻ってくるのとは違います。税率を掛ける前の課税価格が低くなるだけです。1,500万円分にかかる相続税を計算してみると、175万円。175万円の相続税を浮かすために、先の例では200万円以上払うのと同じことになるのです。しかも一時払いですから、払った額ともらう額はほとんど同額程度で、レバレッジ(梃子の原理)がききません。保険の最大のメリットは、少額の払込み金額で数十倍(数百倍)の保険金が受け取れるレバレッジ効果なのにです。
相続税対策にはならない?
さらに、相続税支払いに該当する人は、おそらく退職金1,000万円や2,000万円程度ではほとんどいないのが現実です。法定相続人3人なら、8,000万円まで非課税だからです(5,000万円+法定相続人1人当たり1,000万円×3人)。これを超えても配偶者は1億6,000万円までの非課税枠があります。上の例にあるコストを負担してまで相続税を浮かせる効果があるのは、ざっと資産が1億数千万円以上の人が該当します。その場合でも、保険が最有力の対策とは思えません。そういう人は、もっと根本的なところで相続税対策が必要になるでしょう。
株価低迷で、金融機関はこの商品の「元本保証」をするための穴埋めで損失を大きく膨らませ、この商品から撤退も考えているところもあるようです。つまるところ、「あなたのため」と言われたら、本当に「自分のため」なのか、よく考えてみてからでも遅くはないはずです。
(2008.12.31)