退職金制度
■人を経済的行動へと動かす心理的誘因
●退職金に縁がない人たち そもそも投資行動へと人を向かわせる経済的・心理的誘因(インセンティブ)は何か。それは出資額よりも大きい利得が期待できるからです。では、仮にインセンティブがあるのに未だ投資行動に移せない人間がいるとしたら、その人を動かすものは何か。それが「ナッジ」(Nudge)、つまり肘突き行為(肘を突いて行動を促すこと)です。
現在、日本の全会社のうち退職給付制度のない会社は約24.5%、約94万社あります(厚生労働省 平成25年「就労条件総合調査」等の資料より)。何らの企業年金制度にも加入していない人は相当数いることになります。こういう人は老後資金を自分で積み立て、自分で運用するしかありません。その最良の方法の1つが、個人型の確定拠出年金(DC)です。
しかし個人型DCの加入者数は約33万人、退職金のないサラリーマンの数の2%にも満たないのが現状です(平成28年12月末現在)。DCのメリットとしては、税優遇やポータビリティ(年金資産の持運び)などがあり、十分にインセンティブとなりうるにもかかわらずです。
●目に見えないとインセンティブにならない 人は、目の前に個別的かつ現実的に存在しない金額を「お金」として認識しづらいものです。個人型DCの税制優遇についてみると、これらは実質的に可処分所得の増加となるものなのに、いずれも現実として意識化されづらいのです。30年、40年積み重ねた上での税優遇と言われてもピンときません。まして運用で利益が出たらという期待での話です。
また、税優遇で可処分所得が増えると言われてもほとんど影響ない所得者層もあります。一般に消費が一定で所得が増加すれば、貯蓄額が増えます。しかし、現在の生活が困窮していれば、多少収入が増えてもその増加分はそのまま消費に回り、貯蓄残高に変動はありません。
いくら税金面で得になると言われても、DCの掛金そのものを自ら積み立てることが困難な所得者層の人にとっては、最初から税の優遇は縁がない話なのです。ポータビリティにしても、もともと掛金の積立分がなければ、年金資産を持ち運びようがありません。したがって、この人たちにとって「実質的に目の前に見えない」優遇は、何らインセンティブとはならないのです。
では、人を経済的行動へと動かすものは何でしょうか。
a.恐怖
人は恐怖や不安によって、1つの行動を起こしやすいものです。身の危険が現実に迫ると、一時的に人は誘導される方向に動いていきます。しかし治まってしまえば恐れをなくす。なくすからまた、煽られる。そこで人は脅し文句で誘い出される。「老後破綻」などの言葉。
b.罰則
人はまた目に見えにくい将来のメリットよりも、目に見える目の前の強制力に弱いものです。それは法的規制です。そっちのことを今やれば「将来お金がもらえる」だろうが、こっちのことを今やらないと「今すぐ罰金を払う」ことになる。そうなれば、誰でも後者を選ぶしかありません。罰則や罰金は、人に経済的行動を起こさせる強制力となります。
c.面倒
人は、「面倒臭い」というだけで行動しなくなります。人を行動に移させるには恐怖や不安、罰則による強制力よりも、もっと単純で効果的な方法があります。「面倒臭さをなくして」やることです。
企業型DCの場合は、会社による加入手続きや投資教育などの制度的後押しがあります。しかし、個人型DCの場合は自分で手続して加入し、自分で決めた掛金を出していきます。投資知識も自分で習得するしかありません。
【対策】
そこで企業年金のない会社では、本人同意のもと、個人型DCとしての金額を給与口座引落としにし、正規社員も非正規社員も加入させるようにします。そうすることで全社員の退職金準備の一歩になります。これで社員の「面倒臭さ」は大幅に減ることになります。すなわち「肘突き」、これが「ナッジ」というものです。